光位相計測
光は空間を伝搬する電磁波なので,伝搬距離に比例して位相が変化します.空間的な位相分布が一様な光波(平面波といいます)が凹凸のある物体の表面で反射すると,物体の形状に従って位相分布が変化します.また,屈折率が高い媒質中では光はゆっくり進むため,屈折率分布を有した媒質を通過した光波もまた位相分布に変化が生じます.したがって,光波の位相分布を計測することで物体の表面形状や屈折率分布を知ることができます.近年では,生体組織の微妙な変化を定量的に評価できることから,バイオイメージングの分野で高い注目を集めています.
光は極めて高い周波数(数百THz)を有しており,位相分布をカメラで直接捉えることはできません.そこで,光の波としての進み遅れである位相を取得するために,波の主要な性質の一つである"干渉"が利用されます.二光波の干渉によって生じる干渉縞の明暗は,二光波間の位相差によって変化します.すなわち,位相分布を測定したい光波(物体光)と平面波との干渉縞には,物体光の位相分布に依存したコントラストが現れます.物体光と干渉させる平面波は特に参照光と呼ばれます.物体光と参照光との間に位相シフトを与えて取得した複数の干渉縞から物体光の位相分布を算出する位相シフトディジタルホログラフィ(PSDH)は,光波の位相分布を計測する代表的な手法として知られています.
PSDHの実現に必要不可欠な位相シフトを与える方式については,光軸方向に微小量の移動が可能なミラーなどを用いて参照光に対して逐次的に与える時間分割法が代表的です.時間分割法では位相分布を一回取得するために複数回の撮像を要するため,時間分解能が犠牲となります.一方で,空間的に周期的な位相シフトを与える素子を用いる空間分割法では,一回の撮像で位相分布の取得が可能ですが,干渉縞画像を位相シフト量ごとに分割して補間処理を与える必要が有ることから,空間分解能が犠牲となります.また,いずれの方式においても,振動などによる光学系の変動に弱いという欠点を有しています.時間分割法では位相シフト量が変動してしまい,空間分割法では位相変調素子と撮像素子間の空間的な位置合わせが狂ってしまいます.そこで,我々の研究グループでは,シングルショットかつ振動にロバストなPSDHの実現に向け,新しい位相シフト方式を提案しています.
空間4分割位相シフトディジタルホログラフィ
0とπの位相変調を周期的に与えるような千鳥格子型の構造を有した回折格子に光波が入力すると,上下左右に回折光が生じます.我々の研究グループで提案している方式では,物体光を撮像素子に結像するレンズ系の焦点面に上記の回折格子を配置します.すると,回折した物体光は,まるでコピーされたように4個に分かれて撮像素子に結像します.また,レンズの前後の焦点面の間にはフーリエ変換の関係が成立するため,回折格子の位置に応じて物体光コピーの間に位相差が生じます.従来方式では参照光に位相シフトを与えるのが主流でしたが,提案方式は物体光の各コピーが既に位相差を有しているため,参照光に位相シフトを与える必要がありません.したがって,すべてのコピーに対して一様な参照光を照射することでPSDHが成立します.また,回折格子の位置が物体光コピーの位置に影響を与えないため,屋外や工場内のような振動が生じる環境においても,光学素子間の厳密な調整を要さずにシングルショットでの位相計測が実現できます.
これまでに,回折格子を反射型空間光変調器で代用した実験により,波面コピー効果や位相シフト特性を実証しています.また,提案方式で与えられる位相シフト量は回折格子の位置に依存するため,物体光にマーカーを予め付与しておき,マーカーと参照光の干渉強度から位相シフト量を推定する手法を併せて提案しています.今後は,回折格子を実際に作製しての実験や,カメラによって取得した画像をリアルタイムで解析する位相動画取得システムの開発を目指しています.
執筆:2022年4月14日