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ホログラフィ

"ホログラフィ"や"ホログラム"という言葉は"立体表示"と同一視されがちですが,厳密には区別されます.立体表示技術は一般に,左右の目に映る映像の僅かなズレから奥行きを認識する両眼視差を利用することで立体感を演出しています.3D映画やVRゴーグルなどは両眼視差を利用した代表例で,我々の身近にも数多く存在しています.しかし,両眼視差方式で与えられる情報はあくまで2枚の画像のみです.そのため,複数人で別々の視点から見る場合にはそれぞれの視点や向きをトラッキングして,各視聴者に別々の映像を与える必要があります.これには大きな演算負荷がかかる上,全員がヘッドマウントディスプレイのような専用の機器を装着する必要があるため,自然に臨場感を得ることはできません.ペッパーズゴーストのように光の反射を利用した方式もまた,身近によく見られます.ハーフミラーやガラス板で隔てられたセットにおいて,反射側で照明を点けているときだけ物体が反射物の奥にあるように見えます.ペッパーズゴーストは確かに存在しない透過側の領域に立体物を表示することができますが,物体が反射側に実在している必要があります.他にも,LEDをつけた扇風機のような回転体で回転と発光を同期させるバーサライタも,奥が透けて見えることから"3D"と称されることがありますが,表示領域はあくまで回転体の軌跡に限定されるため,3次元ではありません.

一方で,ホログラフィは光の"完全な情報"を記録再生する技術を指します.ここでいう完全な情報とは,光の明るさ(強度)と波としての進み遅れ(位相)によって表現される電磁波の複素振幅です.ホログラムの記録には光の干渉を利用するため,可干渉性の高いレーザ光が用いられます.レーザ光を2つに分け,一方を記録したい物体に照射し,もう一方の参照光と合わせてホログラム記録媒質に同時に照射することで,光波の干渉によって生じる干渉縞が記録されます.記録されたホログラムに参照光のみを照射すると,回折が生じて物体光が再生されます.このとき,物体がその場に無くても,記録した時と同じ位置に存在するように見えます.両眼視差方式は2枚の画像すなわち強度のみが与えられますが,ホログラフィでは位相を含めた複素振幅を制御します.電磁波としてのすべての情報を扱うため,ホログラフィの技術によって再生された像は"実際には物体は存在しないのに,存在している場合と全く同じ光を発する"こととなります.

イメージセンサや空間光変調器などの電子デバイスが発展した近年では,フィルムカメラからディジタルカメラに進化したように,ホログラムをディジタルデータとして記録再生する技術が様々な分野で用いられています.イメージセンサによって取得した二光波の干渉縞画像から複素振幅分布を算出するディジタルホログラフィや,空間光変調器に表示したホログラムによる回折を用いて任意の複素振幅を再生する計算機合成ホログラムはその代表例です.

光複素振幅の取得や変調は,アナログな光学処理とディジタルな計算処理をつなぐ役割を果たします.取得した複素振幅分布から光波の位相歪みを補償するディジタル光位相共役や,大気ゆらぎなどの影響を受けない理想的な光学系を仮想空間に構築して光学処理の一部を肩代わりさせる技術など,アナログとディジタルを柔軟に接続することで新しい価値が生まれています.立体像の記録再生以外にも,電磁波としての性質をフルに活かすことができるホログラフィ技術は,光通信やバイオイメージング,光ストレージなど,様々な領域での活用が期待されています.


執筆:2022年4月18日

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